期待とコントロールを手離せばあなたの本当の望みが現実化する
こんにちは。ヨンソです。
今日は、期待とコントロールを手放すと楽に生きられるというお話です。
貴方は知らず知らずのうちに何かに期待して、それが期待通りにならない経験を通じて自信を失い「どうせ無理だ」とネガティブな信念を強めます。
貴方は無意識に誰かをコントロールしようとして、思い通りにならない苛立ちを何かにぶつけてる。
これを聞いて「ドキッ」とした方は要注意です。
何かに期待している状態は、潜在的には、その反対を見ていることを意味します。
例えば、パートナーを見て「こうなってくれたらいいのに」「こうしてくれたらいいのに」
こんな期待は簡単に裏切られます(笑)
なぜなら、貴方はパートナーに対して、「そうなってない」に意識をフォーカスし続けているのです。
人間のフォーカスの力は偉大です。
黒い点の上に虫眼鏡で太陽の光を一点集中すると燃えるように、フォーカスしたものは現象化します。
貴方の期待通りになっていないことにフォーカスし続けるということは、その現実を永遠に繰り返すことになります。
最後は本当に嫌気がさして、それを見ることをやめることで解放されます。
そうすると、今度は、相手が自分の思い通りの行動をしてくれなかったら、私は苦しんだ。という信念が強まります。
これが相手をコントロールすることで、自分を満たすことの始まりとなります。
どんなパートナーが現れようとも、相手が自分の思い通りになっているかどうかを無意識にチェックしてます。
なぜなら、貴方の潜在意識に、相手が自分の期待に応えて欲しいという願望が潜んでいるからです。
そうすることで貴方の気分が良くなると錯覚しているのです。
相手が自分の期待に応えているうちは、貴方の心は穏やかです。
しかし一つでも貴方の期待と異なることが起こると無意識に相手をコントロールしようとします。
コントロールが出来ないと苛立ちと怒りが湧いて来ます。
その苛立ちと怒りが相手に原因があるように思えます。
そして、更にコントロールを強めようとします。
パートナーだろうが、どんな相手でも常に貴方の期待に応えてくれるとは限りません。
期待に応えてもらえない苛立ちと怒りを相手にぶつけた時に摩擦が起きます。
摩擦は益々大きくなり、どちらかが妥協するまで終わりません。
その摩擦は相手が生み出したものではなく、貴方の潜在意識の期待やコントロールが原因なのです。
結論から話すと人をコントロールすることは不可能です。
がんばって、その時はコントロール出来たとしても、それが永遠に続くとは限りません。
毎回目の前の人が貴方の期待応えて続けることは不可能です。
なぜなら
この地球には60億人の人が住んでいます。
そこには60億分の個性が存在します。
その一つ一つが自分と違っているので、そこから貴方は自分の価値観を見出すことになります。
もちろん、個性と個性の間に最大公約数のように重なる部分はあると思います。
それが共感を生む理由だと僕は考えます。
全ての人を自分の期待通りにコントロールすることは不可能です。
それが可能なら地球の存在価値がなくなります。
違いが貴方の個性を際立たせ、その際立たった個性が誰かの個性を際立たせます。
そうやって一人一人が本当の自分に出会っていく旅を続けるのが人生だと僕は考えます。
人をコントロールすることは、宇宙の法則から外れている生き方になります。
その違い、コントラストが楽しそう、味わいたい、と強烈な願望を抱き、貴方はこの地球に生まれたのです。
違いが様々な経験と知恵を生み出します。
その経験と知恵が人類を発展させ、人間の意識を覚醒させ続けます。
違いを認めるというよりは、そのような考え方や生き方があるというとを知ることに喜びを感じる生き方を僕は意識してます。
違いを見つけることは、実は発見であり、喜びなのです。
探検家や冒険家が新たな発見を探して、過酷な旅に出るのはその喜びを味わうためです。
過酷であればあるほど、達成された時の喜びが大きいのです。
それを味わえる世界がこの地球なのです。
そのプロセスがあること自体が喜びなのです。
ドラえもんの「どこでもドア」のようにすぐに目的地にたどり着くことが本当に喜びでしょうか?
もし、そうなら誰もエベレストを目指さないし、それを達成したことに感動を覚えようがありません。
コントラストがあることが地球が地球である所以だと僕は感じます。
地球の個性そのものです。
人間の好奇心、新しいものを見たい、感じたいと思う願望が人類を進化し続けました。
人は好奇心の塊です。
この地球に生まれ来たのもその強烈な好奇心なのではないかと僕は考えます。
違いを喜び合える世界、違いから新しい発見、新たな知恵を生み出し、共にこの地球を更に成長、拡大することを人類は共通の目的として生まれてきている。
人をコントロールしようとする概念は、自分本来の生まれて来た目的と外れています。
それは、川を流れに身を任せて下っていくよりも、流れに逆らい、必死でオールを漕いで上流へ向かっているのと同じです。
それに慣れ過ぎた人は、オールを手放すことを恐れて、どんどんボートを流れに逆らい易く、流れに負けない筋肉と技術を身に付けて、必死に上流を目指します。
そうやってがんばって流れに逆らって、たどり着いたゴールには、
何と貴方の望んだものはなかったのです。
そこで初めて貴方は気付きます。
自分が望んでいた世界はここではなかったと。
でもそれも✖︎ではありません。
そうやって気付いて、オールを手放し、流れに戻ることを許すことが人生なのかも知れません。
人生は抵抗を手放し、流れに身を任せることをいかに許容できるかを体感してるのでしょう。
貴方の中にある、相手(社会)に対する期待やコントロールはまさに抵抗そのものです。
貴方は貴方の人生を生きるだけです。
それが流れに乗ってる状態。
自分の感情が貴方に全てのことを教えてくれます。
この世界、宇宙は貴方の存在なしにはあり得ないのです。
全ては貴方の中にある宇宙が映し出した、現実と呼ばれるものなのです。
人の数だけ宇宙=現実が存在します。
貴方は貴方を生きて下さい。
それが貴方がこの地球に生まれて来た理由ではないでしょうか。
ありのまま。
そんな世界に僕は生きます。
最後に唯一、コントロール出来るとするならば、それは自分自身です。
それでは、また。
ありがとうございます。
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